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2014年6月 3日 (火)

初めての中沢大晶洞

Sannsyounomi

 畑の山椒の実が生りました。ちょうど採り頃です。枝に棘があるので実を摘むのは大変ですし、そのあと不要な軸の部分を掃除するのにも時間がかかります。でもそれだけの手間をかけてから、醤油と味醂で味付けして佃煮にしておくと、「山椒ちりめん」を作ったり煮物に入れて香りと味をつけるのに重宝します。成果を得るのに手間を惜しんではいけませんね。

 昔書いていた採集記録が出てきたので読んでみると、当時の様子が克明に書いてありまして、私が初めて中沢晶洞を訪れたのは、1977年8月5日だったことが分かりました。当時懇意にしていたY氏に案内をしていただく機会を得て、喜んでついて行ったものです。Y氏は初めて田上山を訪れたときに、地元の人に案内してもらったそうです。

《以下当日の私の採集記録より・原文のまま転載》(写真はほとんど別の日のものです)
 まずふもとの博物館に寄った。中沢氏が大晶洞から掘り出したというトパーズや水晶、チンワルド雲母等の大晶が陳列してあった。・・・途中略・・・博物館を11時10分に出て、田上山へ登って行った。天神川沿いの道を、いつもは鎖を張って通行止めとしてある所からさらに4Kmほど登って行き、終点の工事現場の手前に車をとめた。

Ennkei

 そこから歩いて林の中を通り、広い河原に出た所から雑木林の中へ入った。道があるか無いかという、昼間でも薄暗いところを約20分歩いて、上から流されてきたペグマタイトの破片がある谷へ着いた。小さな川らしいのだが、おりからのカラカラ天気で水はまったく無かった。そこをよく探すと、うっすらと青みがかった脈性トパーズの破片を拾うことができ、他に水晶・長石・雲母があった。そこの砂をふるいにかけると、脈性トパーズがおもしろいほど採れた。

Myakuseitopazu_2

 あまり場所を変える必要はなく、ごくせまい範囲にたくさんあった。大きなものは無く、また、結晶形を示すものもわずか1面か2面があらわれるのみであったが、田上山でトパーズを採集したのはこれが初めてであり、十分満足できるものである。運がよければ完全な結晶形を示すものも見つかるかも知れない。
 そこから約40分ほどかかって谷筋を登って行った。途中の転石に目を光らせながら登ったので、ずいぶん時間がかかったが、登りつめた所の禿地の斜面に、大晶洞がポッカリと口を開けていた。

Daisyoudouiriguti

 右側の斜面を登って一旦尾根に出ると、晶洞へ行くための足場が掘ってあった。入り口は直径1mくらいであるが、内部は広く、奥行約6m、巾約2m高さ1mくらいの大きさであった。天井部分をはがしたと思われるペグマタイト片がたくさん下部に積っており、これを掘れば晶洞の床にあたる部分はかなり下方になるのではなかろうか。

Syoudounainotopazu

 晶洞内では幸運にも、無色透明のトパーズの結晶と、

Myakuseitopazu

美しい青色の脈性トパーズが淡紅褐色の長石と共生するものを採集することができた。
4時すぎまでここに居て、雨がパラパラと降り出したので、荷物をまとめて下山した。
(以上、採集記録より)

Masutomiunnmo
益富雲母

Soutyouseki
曹長石

 
 後日、益富先生に同行する機会がありました。ご高齢の先生でありますが、とても探究心が旺盛で、山の上までついてこられたお元気さに驚いたことでした。

Masutomikazunosukesennsei_2

 先生が晶洞内に入られたのを写真に撮らせていただきました。

 
 中沢氏によると、とっかかりは小さなペグマタイトで、これほど大きな晶洞になるとは思わなかったそうです。
 鉱物採集を趣味とする者としては、のちに「〇〇晶洞」と呼ばれるような大発見をしてみたいものです。それには不断の努力と、よほどの幸運が必要なのでしょうね。

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コメント

オダマキ通信さま

ネットサーフィンで貴HPを見つけました。オダマキ通信様は、益富地学会館関係の方でしょうか? 
(故)中沢氏ともお知り合いのようですね。実は、中沢さんの標本をベースに、田上山ペグマタイト鉱物の解説書を10人ほどで書く準備をしています。つきましては,貴ホームページに掲載されている中沢晶洞の写真と脈状トパーズの写真を使わせていただきたいのですが、いかがでしょうか。原稿を書いていただけると、さらに、ありがたいのですが。
 お会いしてご相談させていただくような機会をつくっていただけるとありがたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。
一方的なお願いをして恐縮ですが、同好のよしみでお許しください。

投稿: 河野俊夫 | 2016年8月 1日 (月) 12時01分

河野様

 ご訪問ありがとうございます。私は益富地学会館の関係者ではありませんが、「地学研究会」時代からの会員ではあります。
 中沢氏とは若いときはときどき採集に同行させていただいておりましたが、その後は賀状のやりとりをする程度のお付き合いになっていました。おしい方を亡くしましたね。
 田上山ペグマタイト鉱物の解説書ができるとのこと、楽しみにしております。写真が必要でしたらお使いください。

投稿: おだまき | 2016年8月 2日 (火) 09時46分

おだまき通信様、私も偶然スマホでホームページ見つけました、私も中澤氏亡くなる6年前に私の地元に鉱物採集に来られて以来、亡くなる直前迄お付き合いさせて頂きました、中澤氏の晶洞には2回しか行けませんでしたが、ご自宅の素晴らしい晶洞産出物拝沢山見させて頂き感激しました、天国で益富先生と再会されてるかな?大変残念です。

投稿: 小谷富士夫 | 2016年10月17日 (月) 00時25分

小谷様
 ご訪問ありがとうございます。
 私も中沢氏のように田上山で晶洞を見つけたいと思った時期もありましたが、奥が深くて起伏の激しいあの山を昇り降りする体力がなくて断念しました。
 滋賀県は花崗岩ペグマタイトの多い県です。昔は野洲とか岩根などの行きやすいところに石切り場や採石場があって、たくさんの晶洞が見られましたが、すべてやめてしまったのが残念です。県境部の険しい場所には露頭があるらしいですが・・・。

投稿: おだまき | 2016年10月17日 (月) 21時52分

はじめまして、中澤和雄の息子で中澤 晶と申します
この晶洞は発見直後、私が小学生の頃に亡き父と通いました
今年で父の三回忌ですが、30年以上ぶりに供養も兼ねて行きたいと思っております。

投稿: 中澤晶 | 2018年3月25日 (日) 12時12分

中澤和雄様とは高校生のときにお会いして、何度か採集にご一緒させていただきました。田上山での採集のお話しを拝聴するのが楽しみでした。
「中澤晶洞」へは最近でも訪れる人が絶えないようですね。お父上が残された足跡や貴重な標本の数々が、いつまでも後進の鉱物趣味の者たちに生かされ続けることを祈っております。

投稿: おだまき | 2018年3月26日 (月) 06時18分

はじめまして、名古屋在住の成瀬と申します。
趣味でヤフオクで3Dプリンターで出力した山岳模型を販売しているのですが、太神山周辺模型のリクエストがあり制作しました。今回は中沢大晶洞周辺の模型を制作しています。
「新名神で京都方面へ向かって左側....とやり取りしていたら、なんと中沢晶様からの御依頼でした。
最近は趣味の登山もハイキングが主流になっています。
太神、中沢大晶洞も登山を兼ねて訪れてみたくなりました。

少し鉱石を拾うくらいだったら問題ないでしょうか。

投稿: 成瀬 | 2018年7月17日 (火) 12時31分

成瀬様

山岳模型ですか、手間がかかるんでしょうね!
田上山地方も植林が進んで景色が一変してしまいました。
禿山が続いていたころの景色が再現されるといいですね。

投稿: おだまき | 2018年7月24日 (火) 16時27分

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